小学生に「なんで働いてるの?」と聞かれたら迷わず「金のために決ってるだろ。」で正しいですか?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1318937298
仕事のやりがいとか、責任とか、やっている事が好きとか、キレイごと並べたって給与が貰えないなら仕事辞めるでしょ?
親戚の小学生のに先日「なんで大人になったら働くの?」と聞かれて「金のため」と即答した所、親戚のおっさんが慌てて
『仕事の意義とかやりがい』について力説し、フォローしてました。
皆さんだったらなんて答えますか?
それに対する回答のほとんどが「お金の為であっています」だったのですが、全く違う視点の回答が一件あり、それがベストアンサーに選ばれました。
以下に一部抜粋します。
あなたがパンを買いにパン屋さんへ行く。
そこでお金を払うと、パン屋さんはそれで自分の生活ができる。
で、そのお金の一部でパンの材料を買って、またパンを作る。
パンの材料はどこで買う?
小麦粉やバターなどが買えるお店でしょ?
そこにパン屋さんはお金を持って買いにいく。
するとそのお店はお金がもらえて・・・
という風に、お金はみんなの間を回っている。
でも、それを回してるみんなが、そのお金の一部を使いながら生活して
自分のお仕事に必要な材料も揃えられて、
そして、パンが必要な人にはパン屋さん、野菜が必要な人には八百屋さんやスーパー、
というお仕事があって、みんな助かってる。
結局は、お金をもらうためにお仕事してることになるんだけど、
お仕事をすることは、誰かのためになってるんだよね、自分の見えないところでも^^
この回答は、経済の本質を突いています。
むしろこの回答は、現代に生きる全ての大人たちにこそ、気づきをもたらしてくれるものではないでしょうか。
この回答でも書かれている通り、経済の本質は「分業」です。
一人ひとりが、自分で米を作り、家畜を育て、野菜を作り、服を作り、などということをしていては、効率が悪すぎる・・・。
そこで、「私は米を作るから君は野菜を作ってくれ。後でそれらを交換しよう」というのが経済の本質です。
しかし、物々交換ではいちいち適切な交換相手を探すのが大変すぎます。
そこで、物々交換をより便利にする為に生まれたのが「お金」なのです。
このベストアンサーを読んで、はてなブックマークコメントで
理路もスティッチもなく、なんかこのベストアンサー嫌いだ、俺。なんでだろう。
というものがありました。
正直な感想なのだろうと思います。
勝手な想像ですが、おそらく、「自由」を愛する人にとって、このベストアンサーは「あなたは働かなければならない。助け合わなければならない」という強制を含んでいるように見えるのではないか、と思います。
そこが、なんだか違和感を感じる、反発を感じる部分なのではないかと。
「金の為に働いているのさ」という回答は、自由です。そして、誰にも強制をしません。金が欲しいから、欲しい分だけ働く。逆に、最低限の生活で我慢できるなら、最低限しか働かなくていい。多少蓄えがあれば、その蓄えが尽きるまでは自分は働かない。
そういう自由を許容するのが、「金の為に働く」という考え方です。
私も自由を愛する人間の一人ですから、そういう考えは好きです。
だからこそ、若いうちに一発当てて、大金をゲットしたら、後は遊んで暮らしたい・・・そんな妄想を抱きます。自分が頑張って稼いだ金なのだから、あとは働かずとも誰にも迷惑はかけていないはずです。
しかし、このベストアンサーは、「世の中に働く人がいなかったら、どうなると思う?」という、根源的な問いを最初に投げかけています。
これは、「働いている人のお陰で、世の中が回っている」という、ストレートな事実を突き付けます。働いていない人は、その人たちのお陰で生きていられるのだ、と。
これに対して、普通はこう返すでしょう。
「必死で頑張ったり、頭を使ったり、チャンスを得る為にいろいろ行動したりした結果として、大金を得るのであり、他の人よりも頑張った分、後で働かないでいられるのは別に悪いことではない」
これは、短期的な視点ではある程度正しいと思います。
同じ面積の敷地の草むしりを、ある人は午前中で頑張って片づけて、昼からは遊んでいた。
それに対して、別のある人はのんびりと一日中かかってやった・・・。
この時、昼から遊んでいた人は、誰にも迷惑をかけておらず、むしろ時間を有効に使っていると思います。
ところが、これを長期的な視点で見ると、破綻が起こります。
ある人が、同じ面積の敷地の草むしり10年分を、最初の1年で行ってしまうことは可能でしょうか?
草むしりは一日あれば全部終わってしまいます。「草むしり10年分」は、前もって行う事はできません。月日が経って、また生えてきて、それをむしる、という、地道な作業の繰り返しです。
これと同様に、「自分が一生食べる分の米を先に作っておく」という事も、無理です。
30年、40年経てば、どんなに貯蔵状態が良くても米は腐るし、そもそも古い米は美味しくありません。
しかし、大量に作った米を「お金」に変えておくと、これが実現可能になります。一気に稼いだお金を貯めておいて、今後の食べる米を少しずつ買っていけばいいのです。
草むしりの例も、自分の土地でなく、他の人の土地の草むしりを一気にやりまくってお金を貯め、あとはそのお金を使って定期的に自分の土地の草むしりを誰かにさせれば、実現可能です。
お金は大量に持っていても腐ったりしないし、場所も取らないので、そういう事が可能になります。
お金は、現実世界のしがらみである「時間」という限界を飛び越えて、我々に究極の自由をもたらす神のような存在なのです。
おかしいと思ったことはありませんか?
お金の持つそのようなパワーの源は、一体どこから来るのか?
元々は単なる米とか、有限の時間の中で得た労働、などから生まれたもののはずなのに?
そもそもお金は、現実世界の制限に縛られる物理的な「モノ」の対価として得るものでした。ところがそのお金が、突然無限のパワーを持つのです。お金はモノと等価ではなく、モノより価値があるのが「お金」なのです。
神のようなパワーを持つお金を、全ての人が欲しがります。そして人は「お金」そのものを欲しがるようになり、お金自体を交換し始めます。物々交換の手段としてではなく、お金そのものが「価値」となります。
お金をたくさん持っている人は、それを誰かに貸して、対価を得ることができるようになります。お金がお金を生み出す構造が生まれます。
ますます、「モノよりお金の方が価値がある」状態が加速されます。
すると、どうなるのか?
「モノの値段が下がる(※実際には労働賃金が下がる)」のです。モノを売って得たお金は、使わずに貯めておく事もできるし、人に貸すことで増やすことができます。そのようなパワーを持ったお金を、持っていれば腐るような「モノ」と交換するのはもったいない。出せてもほんの少しだろう・・。
そうなっていきます。
実際、お金を得た人は、そうやって財テクを行う事でお金を増やすことができるのですから、これは公平な取引に見えます。モノより価値があるお金と交換するのだから、貰える量が少なくて当たり前・・・。
ところが、それは、得たお金を使わずにためておける余裕のある人に限ります。
お金がほとんどなく、お金を得てもすぐに自分が必要なモノを購入するのに使わなければいけない人々にとっては、「財テク」などしている余裕はありません。その人にとってお金は額面以上の価値はなく、モノの対価(労働の対価)が下がることは、単に貧乏になることを意味します。
貧乏な人々は、お金の持つパワーによって「削られた」賃金、対価を埋める為に、必死で働き続けることになります。
おわかりでしょうか? お金の持つ神のようなパワー、時間を飛びこえる無限の力が、一体どこからやってくるのか?
あなたが大量に貯めこんだお金は、「今」働く人がいるからこそ、価値を持ち続けているのです。そのお金を「価値」に変えるのは働く人々であり、もし彼らがいなくなれば、その「お金」とやらには何の価値もなくなるのです。
この構造は、お金を貯めこんだ(又は「財テク」で増やすことにやっきになっている)今の老人達と、今を生きるのに精いっぱいな貧乏な若者たちを見れば、明らかでしょう。
全ての原因は、「モノよりお金の方が価値があり、お金を貯めておけば時間の制限を飛び越えられる」という今のお金の仕組みがもたらしているのです。
残念ながら、「お金(自由)を得る為に働くのさ」という回答は、幻想です。
お金を得ることによる「自由」は、誰かの負担の下にのみ、成立しています。「誰にも迷惑をかけていない」などということはありません。
未来のためにお金を貯めれば貯めるほど、それを財テクによって増やせば増やすほど、世界のどこかで、未来のどこかで、誰かが負担を強いられます。
「私は既に一生懸命働いて、大金を得た。この金を捨てて、また働けというのか? それは理不尽ではないか?」
そう思う人もいると思います。
私も、まさかその金を捨てろとか、全額寄付しろとは思いません。
しかし、そのお金のパワーを最大限に生かして「自由」を得ることは、先ほども書いた通りの悪影響を世界に及ぼします。
ですから、もし、この先「世界を良くしたい」と思うのであれば、そのお金を気前よくばらまいてください。
自分の為にじゃんじゃん使うのも良いでしょう。そのお金は誰かの手に渡り、人を幸せにします。
また、困っている人にタダで貸してあげるのも良いと思います。タダとは、利子を取らない、ということです。余っている米はほっておけば腐りますが、おなかを空かせて死にそうな人にその米をあげ、「元気になったら、5年後に同じ分量の新鮮な米を返してくれればいいよ」とすれば、あなたも得しますし、その人も助かります。それと同じように、お金もタダで貸してあげるのです。
特に、子育て事業への無利子融資は、自分にとっても世界にとっても有効でしょう。
あなたの融資を受けた子供達は将来大きくなって年老いた自分を助けてくれるでしょうし、既に書いた通り、自分のお金を価値に変えてくれるのは、未来の働き手なのですから。
我々は「お金の為に働く」のではなく、(自分の為に)お互いに助け合う為に働いているのです。
お金を貯める、財テクで増やす、という行為は、単に「自分たちの未来を搾取している」行為にすぎないのです。
このような話について興味がある方は、「パン屋のお金とカジノのお金はどう違う?―ミヒャエル・エンデの夢見た経済・社会」が非常に読みやすく、さまざまな示唆を含む本ですので、一度読んでみると良いでしょう。(ちなみに、この思想は共産主義とはまるで違います。共産主義は単に資本を国に一極集中させただけの、「資本主義の双子」です)
上記の本はかなり以前に書かれたもので、解決策として「地域通貨(補完通貨)」の利用を提唱していますが、最近ではその考えをより進化させた「連帯経済」という概念が主流となりつつあります。同じ著者による「シルビオ・ゲゼル入門―減価する貨幣とは何か」もつい最近刊行されましたので、こちらも併せて読むとより最新の情報が得られると思います。
【追記】
この手の話が出ると、必ず「どうしても働けない人もいるんだよ」とか「老後はどうするんだ」という話が出てくるのですが、障がい者や老後などの話は福祉の問題で、経済の問題とは分けて考えるべきだと思っています。むしろ、福祉を経済問題として考えることで、より問題を複雑化しているのが今の状況だと思います。









おっしゃる通り、現在の金融システムは、この記事の主張通りのことをするインセンティブになりえません。
それこそが問題で、この記事で書いている通り、このままではいずれシステムが破綻する危険性が高いにも関わらず、それに対するブレーキとなる仕組みが存在しないのです。
> 元金融SEさん
その問題は私も考えたことがあります。しかし、この記事で書いた通り、問題なのはそこではなく、「お金を無制限に溜め込める」という今の貨幣システムです。この問題を解決する仕組みとしてドイツの経済学者シルビオ・ゲゼルが提唱し、実際の運用でもその効果を証明した「減価する貨幣」について一度お調べください。コンピュータ・システムによる自動化で省力化がなされ、労働力が不要になったとしても、この「減価する貨幣」の下では市場には常にお金が流通する為、新しいビジネスを立ち上げやすくなります。人々は単純労働から解放され、より自由で創造的な仕事に就くようになるでしょう。 — chikura @ 02:30AM 2010-08-17