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カテゴリー 生活・一般November 26, 2008

書店との失われた「約束」 ID:1227681259 このエントリーを含むはてなブックマーク



書店は入場料を取って良い」および「入場料を取る未来の書店を考える」に、未だに多くのコメントを頂いています。

否定派が多数を占めていますが、肯定(条件付き含む)もあり、見ているだけで面白いです。返信する時間が取れないので読ませて頂くのみになっていますが、こうして様々な意見が情報として集約されるのは見る人にも面白いと思うので、どんどんお寄せ下さい。

前回の記事で終わりにしようかなと思ったんですが、どうにもこのアイデアの「想い」が伝わってないなぁ、と思うことが多いので、すこしばかり(と言いながらいつも長くなるんですが)補足というか付けたしを。

あ、もちろん、伝わらないのは私のせいであり、このアイデアの限界だろうと思います。どんなにいいシステムでも、入り口で誤解されるような見せ方しかできないのであれば、それは機能しませんもんね。

ただ、一体どういう想いをこのアイデアに込めたのか、というのは説明しておきたかったのです。(この件についてはあんまり注目されたくないので、前の記事からはリンク貼りません(^^; たまたま見つけて、読みたい人だけどうぞ)

このアイデアのコアにあるのは、「助け合う」と言う思想です。

本来、経済とは、助け合いの精神によるものです。経済というと株式市場とか金融の知識などがもてはやされる時代ですが、おおもとは物々交換(バーター)が始まりでした。

自分が余っているものを誰かに分け、代わりに、自分が困った時に誰かの余りを貰う。時には、ちょっとばかり自分が困っても、誰かが本当に困った時には助ける。

そうして全体の利益を最大にしていったわけです。

しかしそうしていくにつれ、中には「自分だけが利益を得て何も貢献しない人」が現れます。そういう人が一定数以下であればある程度許容できるのですが、それを超え始めると、システムが成り立たなくなってきます。

私は、今の書店にそのほころびを見ました。
それはまだ、小さな穴のようなものでしょう。しかし今後確実に広がっていく穴ではないかと思うのです。

恐らく、批判的なコメントのうち大多数は、そもそもの問題提起である、「立ち読みだけしてAmazonで買うような人間の存在」について、「取るに足らない数であり、問題視するほどではない」という意見なのだろうと思います。

また、もう一つの「立ち読みばかりして一冊も買わない人間の存在」についても、「そういう人は別に害になっているわけではないし、むしろ見込み客。そのままで構わない。」という意見のように見受けました。

言わば問題自体の存在を否定しているのであり、そういう人にとってはこのシステムは「余計なもの」以外何者でもないでしょう。

しかし私はこれはかなり本質的かつ重要な問題だと思っています。

もちろん、最大の問題はAmazonのようなオンライン書店の存在です。

「Amazonがどれだけ頑張っても、今の書店が消える事は無い」という意見は、あまりにも楽観的すぎます。

書店そのものが消えることはないでしょうが、今の形で残る事はない、というのが私の意見です。基本的にはジャンルを絞り、極端に専門化した書店か、もしくはベストセラーと雑誌だけを並べた「コンビニ書店」が残るだけだと私は思います。

「別にそれでいいじゃん」という人は、この意見に付き合う必要はありません。

しかし私はそれでは困るのです。私がいる福井のような田舎では、極端に専門化した書店の存在できる余地はそう多くありません(福井では「空中BOOKS」ぐらいで、これがあるのが奇跡なぐらいです)。また、そういう書店は分散しなければ存在できませんから、自然、私が直接触れられる本の数は激減することになります。

私は今、現時点での話をしているのではなく、少し未来の話をしています。

みんなが普通にネットで買い物をする時代、新しい本の情報の多くがネット経由でやってくる時代。

本との触れ合いの場が、そもそもリアル書店ではなくネットに移る時代。新刊のお知らせ、お勧め書籍、ベストセラー情報、など等・・・しかもその場で注文できるのです。

今、「書店を散策するのが趣味」というコア層ですら、買えるもの(内容を確認しなくても良いような本)はネットで買ってしまう時代がもう来ているのですから、多くの人間はもはやネット以外で書籍を買うことは激減するように思います。

今、「ぶらりと書店へ入る」一般層の多くは、雑誌を読むために入っているだけでしょう。書店へ入ればすぐ気づくと思いますが、お客さんの7〜8割は、雑誌コーナーで立ち読みしている人です。

そういう人が「ついでに」買う本といえば、一般層向けのベストセラー本が中心ではないでしょうか。

このような状況では、書店のモチベーションは「ベストセラー&雑誌」の方向にどんどんと向かうでしょう。書店のコンビニ化です。

幅広い本をいくら揃えても、それを自分からぶらぶらと見てくれるのは一部の愛好家だけ・・・とても採算が合いません。

さらに言えば、愛好家向けの本であっても、もしそれが中身を確認しなくても良いような本であれば、彼らがネットで買ってしまう傾向は今後も強くなっていくでしょう。下手すると、中身だけ読んで注文はAmazonに集中させるような人も出てきます(実際にそういう人がいます)。

幅広い品揃えをしようというモチベーションはさらに低くなります。

「書店」というビジネスに、一体何が欠けてしまったのか?

これまでは、いかに客が立ち読みしようが、何も買わずに出て行こうが、本との触れ合いの場さえ提供し続けれていれば、いずれ本を買う場所は「書店」に行き着きました。また、巷に出回る情報も少なかったので、せっかく書店に来たなら、と店内を見て回る人もそれなりに居ただろうと思います。

しかし今はそうではない、という事なのです。書店の提供する無料サービスの「果実」は、書店へ必ず戻るとはいえなくなりました。

そのままほっておけば、書店はコンビニ書店 or マニア向け専門店、しかなくなってしまうのではないでしょうか。

ここから先は、予想というよりは私の「想い」です。

「ほっておけばそうなる」と書きましたが、私は皆が「別にコンビニ書店と専門店があればいい」と思っているのではなく、実際には多くの人が、「たくさんの本に直接触れられる書店が近所にあった方がいい」と考えているのではないか、と思っています。

それは、日本人はやっぱり本好きな人が多いように思うからです。
にも関わらず雑誌やベストセラーしか売れないとすれば、それはネットの存在と、別にいつでも立ち読みできるし、本当に欲しくなったらその時買えばいいや、というような「先送り」の気持ちの現れではないかと思います。

否定意見の一つに「書店のビジネスを全然分かってない。書店は本に触れる機会を設けてなんぼの世界。それをわざわざ狭めてどうするの。」というものがありました。

それは、書店がアフィリエイト的なビジネスモデルを持っている、つまり広告媒体としての意味合いが強い点から言っても、正しいと思います。仰る通り、本と触れる機会を増やさなくてはならないでしょう。

ですが、いくら触れる機会を設けても、実際に手に取って、中身をめくって貰わなければ効果がありません。雑誌コーナーや、平積みされたベストセラーコーナーにたむろされてるだけではそこから先の展開がありません。

また、書店に来る理由そのものが奪われ始めています。中身を事前に確認しなくていい本は、ネットだけで完結してしまいます。

我々は、書店に「残って欲しい」と思いつつ、ネットに浮気をし、真面目に本に向き合う努力を怠っています(と思います。違いますか?)。

本当に「近所に幅広い品揃えの書店が残って欲しい」と思っているのであれば、我々は、代わりに書店に対して何らかのコミットメントを与える必要があるのではないでしょうか。

そのコミットメントを与える為の仕組みが、先日書いた記事です。

書店に入る時、「いつか本を買うからね」という意味合いのプリペイドを支払います。その額は200円と書きましたが、高すぎるのであれば100円でも50円でもいいでしょう。それは調整すればOKです。

肝心なのは、ここで「買いますからね」という約束をすることであり、この「約束」こそが、今やネットの存在によって失われつつあるものなのです。

「入場料」という見せ方が悪かったのだろうと思いますが、寄せられた批判コメントの中に「損したくない」とか「もっと行きたくなるような店作りを努力すべき」という意見があまりにも多い事に少なからずがっかりしました。

自分は損したくない、書店は生き残る為に努力せよ。

深く考えずの発言だろうとは思いますが、それでお気に入りの書店が無くなった時に「もっと本買うようにするから近所に大きな本屋できてくれ!」と叫んでも遅いのです。

そんな約束が出来るなら、潰れる前にすればよかったのです。

「約束」は、本気になることを意味します。

ちょっと雑誌を買いに本屋へ入った、その時に50円のプリペイドを購入した、しかし、雑誌をパラパラとめくってみたら、今週号はつまらなかったので買いたくなかった・・・。

このようなケースで、「じゃあ、まぁ買うのは今度でいいや」と思う人もいるでしょうが、中には「ちょっといい本が無いか探してみようかな」という動機付けになる人もいることでしょう。50円ではそこまでの気持ちにならない人も、それが100円、150円と積みあがっていけば、新書コーナーあたりへ足を向ける人は少なからずいるのではないでしょうか。

これまで忙しさや「またいつでも読める」という便利さにかまけて本と向き合ってこなかった層が、自ら本へと向き合い始めるのです。一度本をめくって貰えれば、後は必ず買いたくなる本に出合えると私は信じています。

多くの批判コメントにあったように、「だから、それじゃあそもそも来客が大幅に減ると思うんだけど」という懸念は確かにあるだろうと思います。

しかしそれは弱気すぎる考え方ではないでしょうか。

雑誌コーナーにたむろする人を大事にする余り、肝心の「本を読む人との関係」を真面目に考えることをおろそかにしていないでしょうか。

人は本を読みたがっている、という大前提が私にはあります。

このアイデアを聞いて「それは一部のマニア層だけを相手にする愚策だ」という意見がありましたが、そうではなく、真の目的は「一般層に再度本に向き合って貰う」ことです。本屋がなくなって欲しくないと思うのであれば、その証を見せる必要がある。それを具体化したのがこのシステムです。

一方的に「書店はもっと努力せよ」というだけでなく、我々からも歩み寄る必要があるのではないでしょうか。

私は、このアイデアが受け入れられないのであれば、それはつまり、書店の未来が「コンビニ化 or 専門店化」することを意味していると思います。

つまり、「幅広い品揃えを売りにする書店」の存在余地(需要)はなくなっていく、ということでしょう(いや、需要はあっても、コストに見合わないということでしょうか)。

人の流れが大量に、途絶えることなくある大都会では、状況がオンラインとあまり大差なく、大型書店は今後もあり続けるだろうと思いますが、特に地方では、そういう書店はなくなっていくのだろうな、と思います。

ひょっとすると、そういう状況になって初めて、このアイデアが実現する余地が生まれるのかもしれません。


【追記】
相変わらず長くなってしまいました。長文を読んでくださってありがとうございます。
コメントなどは引き続きご自由にどうぞ。ただ、お返事は期待しないでください。すいません…。

書いていて思いましたが、「コンビニ書店&専門店」で別にいいじゃん、という人は結構いるのかもしれませんね。まぁ、そういう未来も仕方ないのかもしれません。
— posted by chikura @ 03:34PM | LinkMe | Comment(6) | TrackBack(0)

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