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カテゴリー 製品・サービスFebruary 02, 2010

iPad vs Kindle - そして書店の役割 ID:1265085781 このWebページのtweets このエントリーを含むはてなブックマーク


iPadとKindleが電子書籍分野で衝突すると見られていますが、既存書店は完全に置いてけぼりの様相です。

出版社などは、最悪、手持ち資産を電子化すればビジネスを続けられます。しかし、書店は一体どうすれば・・・。

書店の役割とは、「本を売る場所」だけではないと思います。むしろ「本と出合う場所」としての役割が大きいのではないでしょうか。

この「本と出合う」為の役割を、果たしてAmazonやiBook Storeが果たせるのだろうか?と考えた時、私はそう簡単には行かないだろうと思います。

もちろん、私個人に関して言えば、Amazonの「お勧め書籍」のメールは物凄く「新しい出会い」に役立っており、あとは多少の立ち読み機能さえあれば十分だと思っています。

しかし、一般の人にとっては、どうでしょう?

こう書くと反感を買うこともあるかもしれませんが、私は一般的に多くの人は「能動的に動かない」と思っています。特に日本においてはそれは顕著ではないかと。

書店へ入ること自体、「暇つぶし」が目的の事は多いのではないでしょうか。それは、店内のお客さんが、雑誌コーナーの立ち読み客がほとんどであることからも分かると思います。

その「ついで」に、なんとなく目に留まり、心に響いたタイトルの本を買って帰るような感じです。

このような流れを、iBook StoreやAmazonが提供できるかというと、もちろん有る程度は可能かもしれませんが、これまでとまったく同じユーザー層に対して、同じような効果を出すのは難しいように思います。

であれば、iBook StoreやAmazonは、どうすればいいのか?

それは「既存書店との提携、もしくはリアル書店の出店」です。

■パターン1:既存書店とAmazon or Appleとの融合

あなたは暇つぶしに書店に入り、雑誌をぱらぱらとめくります。へぇ、最近はこんな事が話題になっているんだ。ふと店内のポップに目を向けると、ベストセラー本のタイトルがデカデカと飾られています。ちょうど今雑誌で読んだ話題の本ではないですか。じゃあちょっとこれ買って帰ろうかな。今度の週末にでも読んでみよう。

本を手に取ろうとすると、ふと横に「電子書籍版:980円」と書かれています。ん? この本をそのまま買うと2000円なのに、半額以下とは安いじゃないか。説明を読むと、そこに置いてあるバーコード付きのチケットを取ってレジでお金を払えば、そのまま家に帰ってパソコンで本が読めるとあります。最新のiPadというパソコンや、Kindleという端末を使えばもっと快適だとか。

ちょうど最近、自宅に本を置くスペースがなくなってきた所でした。毎回ブックオフに売りに行くのも面倒だし、たまに読み返したくなることもある・・・そんな問題を、電子書籍なら解決してくれそうです。しかも安いし!

レジへ行くと、「iBook Store IDカードはお持ちですか?」と聞かれます。いいえ、持ってませんと答えると、今すぐお作りしますとのこと。面倒な住所・氏名の入力などもなく、スーパーのポイントカードのように、後ろに名前を記入するスペースだけがあるカードと、Appleマークの入ったUSBメモリを渡されました。そして、さっき取ってきた本のバーコードだけが印刷されたチケットを渡し、980円を支払って家に帰ります。

家に帰ると、さっきお店でカードと一緒にもらったAppleマークの入ったUSBメモリをパソコンに差します。自動的に電子ブックリーダーが起動し、バーチャル本棚が表示されます。なんと、さっき購入した電子ブックがもう、その本棚の中に並んでいるではないですか!なんだか嬉しくなってきました。

週末に読もうと思っていたけど、ちょっと何ページか読み進めてみます。ふーん、思った以上に読みやすいな・・・ページをめくる感覚も、いい感じ。でも、できればソファに座ってゆっくり読みたいよなぁ・・・。そう思っていると、画面の右側の広告スペースに、ソファでくつろぎながら電子書籍を読んでいる写真が表示されました。iPadと書いてあります。そうか、これが噂のiPadか。なんか有名人もたくさん使っているらしいな。なるほど、確かにこれなら、電子書籍を読むのにピッタリかもしれない。ビデオやインターネットも見れるらしいし、49800円なら一つ、買ってみるか・・・。

数日後、書店でいろんな本を立ち読みしながら、電子書籍版のバーコード・チケットを持っていそいそとレジへと向かうあなたの姿がありました。カバンの中にはもちろん、さっき買ってきたiPadが・・・。

■パターン2:Amazon or Appleによるリアル店舗の出店

あなたは駅構内にオープンしたAmazonの新しい書店があると聞いて、会社帰りに立ち寄ってみました。中を覗き込むと、書店というよりは、何かの展示会場・・・? 割と小さな店舗の壁一面に様々なベストセラー本のポスターが貼ってあり、その前にはサンプル本が一冊ずつ手に取って読めるようになっています。中にはサンプルが置いておらず、紹介記事とバーコードが印刷されたチケットだけが置いてあるものもあります。中央には普通の雑誌コーナーがあり、多くの客はそこで立ち読みしていますが、壁の紹介記事をぶらぶらと見て回っている人も多いようです。

あなたも一緒にぶらぶらと眺めていると、気になっていたベストセラーの新書を発見しました。ちょっとぱらぱらと中身を見てみると、なかなか面白そうです。ついでに、欲しいと思っていたアイドルの写真集のバーコード・チケットを取り、レジへ向かいます。

レジへ行くと、「印刷版をお求めですか?それとも電子書籍版ですか?」と聞かれました。良く分からなかったので聞くと、印刷版を注文した場合、後日Amazonから通常の本が届くそうです。また電子書籍版を注文した場合には、Amazon IDカードというのを発行して貰え、一緒に貰えるUSBメモリの中に入っている電子ブックリーダーソフト(パソコン用)や、Kindleという専用端末からすぐに電子書籍を読めるようになるそうです。しかも電子書籍版は、印刷版の半額以下で買えるとのこと。

一冊は新書だったので、電子書籍版として注文しましたが、もう一冊は写真集で、手元に本として欲しかったので、印刷版を注文しました。印刷版を注文すると、レジでお金を支払った後、バーコードが印刷されたレシートを渡され、隣のATMのような端末へと誘導されます。そこへレシートをかざすと、AmazonのIDとパスワードの入力を求められます。AmazonのIDは既に持っています。パスワードを入力し、送り先を選ぶと、「次の日にはお届けします」とのこと。さすがAmazon。どうやらこの端末を使うと、クレジットカードを使ってここで直接購入することもできるようです。レジで時間を食うのは面倒なので、今度からそうしよう、と心に決めました。

次の日、電子書籍版の新書を読みながら家でくつろいでいると、Amazonから例の写真集が届きました。さっそく開けてみると、ずっしりとした紙の良い感触があり、所有感が満たされます。しかし、一緒に入っていた紙の案内を見て、愕然としました。なんと、この写真集の電子書籍版だと、「写真が音声付で動く」のだそうで・・・。さらには、一年間、毎月異なるメッセージ音声付きのアイドルからのビデオが、表紙を飾るのだとか。

しまった・・完全にやられました。その場で電子書籍版を注文し(印刷版を買った人には割引があった!)、ついでにビデオ対応のKindleを注文します。もうこれからは電子書籍の時代だな・・・。よく考えたら、もう本棚に置くスペースもなかったんだよ・・・。

---

いかがでしょうか?

AppleやAmazonがいくら頑張っても、人は実際には現実社会のリアルな空間に存在し、そこを移動し、集います。その場所には、やはり何らかの「役割」が残り続けるはずです。

おそらくこの話は、デジタルサイネージという文脈にもつながっていくのだろうと思いますが、もう少し緩やかな、アナログな変化が起こるのではないか、そして最終的にも、パターン1のような人のぬくもりを感じる既存書店の役割というのは、残っていくのではないかと考えています。

願わくば、既存書店側から、能動的にAppleやAmazonとの提携へ動いていって欲しいな、と思います。彼らに後ろから突然撃たれる前に・・・。

— posted by chikura @ 01:43PM | LinkMe | Comment (1) | TrackBack (0) |  top↑

カテゴリー 製品・サービスFebruary 01, 2010

iPadアプリ開発者は「ソファで使うコンピュータ」を意識すべし ID:1265015947 このWebページのtweets このエントリーを含むはてなブックマーク


既にたくさんの開発者がiPad向けアプリを開発し始めている事でしょう。

「大きくなったiPod touch」それだけで、様々な可能性があります。

お絵かきソフトなど、iPhoneの画面ではちょっと物足りなかったものの代表格かもしれません。

しかし、「画面が大きくなった」ということだけに囚われていると、見当違いのアプリを作ってしまうことになりかねません。

iPadは、いわゆるフル機能の「パソコン」と「ケータイ」の間のカテゴリに属するものだとJobsは言いました。その間に必要なカテゴリがあり、それがiPadだと(ネットブックではなく)。

そもそも、この「間のカテゴリ」という言葉の意味するものは何なのか考えてみたのですが、それは「ユーザー」の事だと思います。

つまり、パソコンもケータイも使わないユーザーがいて、その人達向けに作られたのがiPadだ、ということではないか?と。

しかし、いまどきパソコンもケータイも使わないような人はどれぐらいいるのでしょうか。一瞬、「お年寄り」が頭に浮かびますが、お年寄りだってケータイぐらい持っていますし、パソコンだって、使っている人は使っています。

そうではなく、ユーザーを「利用者」という日本語に置き換えてみます。
つまり、「利用するシーン」によって、同じ人間でも違うユーザーと見なせるのではないか?と。

iPadは、これまで「パソコンもケータイも利用しづらかった」シーンで利用する為に作られたものではないか?

そう考えた時、JobsのiPadのプレゼンテーションを思い出しました。

ipadandjobs


ソファに座っています!

そういえば、Appleのサイトから見れる紹介ビデオでも、ソファに座っての利用シーンでした。

ipadonasofa


iPadは、ソファ、つまり、リビングであるとか、ちょっと一息つくときであるとかの、「リラックスする時」に使うコンピュータである、という事なのです。

これまでは、そのような時に使われていたのはiPhoneのようなモバイルデバイスでしたが、画面の小ささという制約は、「持ち運ぶ」には良くても、「リラックスしながら使う」には、デメリットの方が大きいものです。

そのようなシーンで使われるコンピュータが、これまでありませんでした。
しいていうなら、ゲーム機はそれに近い使われ方をしていたのかもしれません。

ソファでくつろぎながらするもの・・・例えば読書であるとか、ビデオを見ることであるとか、ショッピング・カタログを見るであるとか・・・あとはちょっとしたゲームをするであるとか。

そういうものが、iPadの領域になります。

なので、「これを仕事で使うとか無理だなー」とか「セミナーに持って行くパソコンとしては役不足。iPhoneで十分」などという意見は、完全に的外れであることが分かります。

以下の記事でも、iPadが既存のユーザー層とは別のターゲット向けであることが書かれています(私の以前の予想と同じです)。

iPadはわれわれのママにぴったりのデバイスだ!
http://jp.techcrunch.com/archives/0100131ipad-moms-next-computer/

この点は、これまでなんとなく「そういうものだろう」と漠然と考えていたところはあったのですが、改めて「ソファで使うコンピュータ」と言われると、それがかなり明確になる気がします。

私はなんとなく、複数人で遊ぶ「チェス」や「ボードゲーム」のようなアプリは、あの大画面とタッチを活かした面白いアプリになると考えていたのですが、「ソファで使うコンピュータ」という点を考えると、どちらかというとイレギュラーなものになる予感がします(いえ、きっと面白いとは思うのですが)。

iPadは、あくまでも「個人が、ソファに座りながら自分のひざの上に乗せて使う」ような用途がベストマッチ、ということを想定して、皆さんも何か、面白いアプリを考えてみると良いのかもしれません。

AmazonでiPad全機種の販売開始通知登録受付中!3G版も有り

— posted by chikura @ 06:19PM | LinkMe | Comment (3) | TrackBack (0) |  top↑

カテゴリー 製品・サービスJanuary 29, 2010

iPadは「タブレットパソコン」ではない ID:1264705213 このWebページのtweets このエントリーを含むはてなブックマーク


さて、発表されましたね、iPad。

予想通り、iPhoneの体験をフルサイズのコンピューターへと持ってきました。

まぁ、大した予想ではないのですが、Mac OS Xベースだという噂も根強かった事を考えると、iPhone OSベース以外あり得ないと思っていた予想があたって本当に良かったです。

また、アプリケーションも、やはり全画面表示が基本のようで、「AppleはiPhoneのコンピューティング体験をフルサイズに持ってこようとしている」という私の推測は、間違っていませんでした。

あの発表を見て、「なんだか微妙だな」と思われた方は、こちらの公式ビデオを一度見てみると良いかもしれません。

http://www.apple.com/ipad/#video#video

さて、予想でも書いた通り、iPadは「タブレットパソコン」ではありません。それどころか「パソコン」ですらありません。

しかし、iPadへの反応を見ていると、まだまだ「なんでMacOS Xじゃないの」とか「これならHPのタブレットPCの方がいい」とかいう反応がちらほらと見えます。

こういう方は、ぶっちゃけて言うと、「まったくわかってない」んです。

何が分かってないかというと、「今のパソコンが、どんだけ使いにくいか」ってことが。

まぁ、その辺はどう説明しても、既に使いこなしている人には伝わらないでしょうから、ちょっとそこは置いといて、マウス操作を前提としている今のOSのUIを、タブレットで、しかも指で操作することのデメリットは、あまり理解されていないように思います。

端的に言うと、「今のUIは、ボタンが小さすぎる」のです。

マウスは、ある程度慣れれば、1ピクセル単位で任意の場所をポイントすることが可能でした。だから、画面上にはある程度の「押下可能な領域」を詰め込んでも、なんとか操作できたのです。

しかし、結果として画面上には大量の「押下可能領域」が存在することになり、さらにそれを「マルチウィンドウ」が後押ししました。

「たくさんの押下可能領域」「マルチウィンドウ」は、すなわち「選択肢の多さ」を意味します。次に何をすべきか良く分かっている人にとっては、これらは問題ありません。一足飛びに次の最適な動作へと移れる分、大量の選択肢はむしろメリットとなります。

しかしこれは、コンピュータをそれほど毎日使っていない、パソコンに不慣れな人間にとっては、「お手上げ」の状態なのです。

AppleはMacOS Xで、なるべく大きなアイコン、メニューやUIのシンプル化を図ってこれを解決しようとしているように見えます。しかし、既にある程度「共通認識」となってしまったこれまでのパソコンの文化、コンテキストは、そう簡単には変える事ができません。

では、どうすればいいのか?

その答えが、iPhone OSなのです。

このブログでも何度も書いていますが、iPhone OSではまず「マルチウィンドウ」の概念を無くしました。もちろん、マルチタスクの概念も同時に無くしています。

これにより、画面には常に一つのアプリケーションしか存在せず、しかも全画面表示されるようになりました。

これで一つ、画面から「複雑さ」が消えます。

そして、アプリケーションから「メニューバー」というUIを消しました。メニューバーに小さなテキストの塊を大量に突っ込むだけのUIは、指で操作するには辛すぎます。これにより、アプリケーションは「安易なUI」の手段を失い、メニューに全ての操作を並べるのではなく、現在の文脈によって最適なUI「のみ」をユーザーに提供するしかなくなりました。

画面上に表示される「押下可能領域」は極力少なく、そして一つ一つが指で押しやすく、大きくなりました。

考えてみればこれは当たり前のことです。
ユーザーにとって、少ない選択肢、大きくて押しやすいボタン、というのは、パソコン以外の製品ではむしろ当たり前の考え方なはずです。

しかし、過去にWindows MobileなどのタブレットPCがやったのは、上記とは正反対のことでした。UIは基本的に全部通常のWindowsを踏襲し、細いウィンドウ・タイトルバーを小さなペン先で慎重にドラッグし、メニューバーの中の小さなテキストを注意深くタッチするという、まるで曲芸師のような事をユーザーに要求していました。

これは、既存のアプリケーションとの互換性を保つためにも仕方なかったのかもしれません。そしてそれはMac OS Xでも同じだったのでしょう。

Appleは恐らく考えたのだと思います。「コンピュータをより使いやすくするために、まったく新しいUIを持つOSを作る必要がある」と。

その最初の製品が、たまたま「iPhone」だっただけであり、Appleは当時からこのUIを持つiPhone OSを、フルサイズのPC、つまりiPadにまで持ってこようとしていたのだろうと、私は考えています。

ですから、iPadは「パソコン」ではないのです。または、これこそが次の「パソコン」であり、これまでのパソコンはもうすぐ「昔の」とか「複雑な」という意味で「フルスペックの」というような表現を用いられるようになるのではないかと思います。

とはいえ、今回発表されたiPadは、正直に言って、あまりにも「ストレート」でした。コンピュータを使いなれていない層をターゲットにしているにもかかわらず、それらに訴求するような「仕掛け」が、iBooksしかないのは、少々弱すぎる気がします。

なので、一般層への普及は「じわじわと」行われるのではないでしょうか。しかし、ある一定数を超えた時に、爆発的に普及していくように思います。

前回のブログのコメントに書いたように、私は今回のiPadの発表で、AppleTVとの連携が発表されればいいのに、と思っていました。

iPadやiPhone/iPod touchをAppleTVの「リモコン」として使えるような連携機能です。

AppleTVを通して「お茶の間のTV」に、ビデオやニュースなどを呼び出し、家族や友達と一緒に視聴するのです。そしてその時、各自が手元に「自分のリモコン」を持ち、そこには画面上に表示されている内容の付随情報・・例えばテレビの番組表であるとか、商品情報などです。

そして、手元の番組表から好きな番組を選択すると、TVの画面がパッと切り替わる・・・。同じように、録画操作なども、TVの画面を占有せず、手元の画面上で操作が可能になります。

「ねぇねぇ、今度ここ遊びに行かない?(と言いながら手元のiPhoneのテーマパークの情報をタップすると、TV上にそれが表示される)」
「へぇー、いいね(と言いながら手元のiPadの「TV Sync」アプリを起動すると、手元に同じ情報が表示される。そのまま宿泊先を調べる)。このホテルが良さそうだよ(といってホテル情報をタップ。TVがホテル情報に切り替わる)」

そんな感じの、TVを中心としたコミュニケーションが、iPad/iPhone/iPod touchとAppleTVの連携で可能になったら楽しいのにな・・・と思っています。

そして、こういう機能は、(Wiiが狙ってある程度成功しているように)一般ユーザーに強く訴求すると思います。

今回、こういった「仕掛け」は残念ながら無かった為、今すぐ爆発的な普及は難しいと思うのですが、Appleはある程度の台数が出て、準備が整ってから、上記のような「仕掛け」を打ってくるつもりなのかもしれません。

さあ、Appleがどういった「未来」を思い描いているか、楽しみじゃないですか?

ちなみに今回、iPadに「iWorks」というオフィスアプリケーションが提供されることが発表されましたが、これを「意外」と受け止めている人がいるようです。

私は、一般人に訴求するためには最終的にはオフィスアプリは必須と考えていたので、それほど意外ではありませんでしたが、このタイミングで出してきたのは少し驚きでした。もう少し普及してからかと思っていたので(優先度は低いのではないかと)。

しかし恐らくAppleは、「本気」で「パソコン」をつぶしにかかっているのです。最初のバージョンのiWorksは、まだまだ使いにくい所もあるのかもしれません。それはMac OS X版とは比べ物にならないほどチープなものかもしれません。しかし、おそらくそれは「オマケ」として意図されたものではなく、本気でiPadを使って「仕事」も行えるようなアプリケーションも作れるのだ、という、強い意思表示なのかもしれません。

【追記】
そうそう、あのiBooksの「本棚」のメタファ、見ました?
あれはかなり「うまい」なーと思いました。

本を「所有」することの喜びって、本棚にあるんだな、と再認識させられたからです。

iBook Storeで本を買う時、1冊だけで我慢できると思います?笑
たぶん、「この本棚をもっと、自分好みの本で埋めたい!」って思うんじゃないでしょうか?笑

電子ブックの普及で、表紙だとか背表紙だとかってものの価値は下がるのかなー(ブログに表紙がないように、内容だけが重要視されるようになる)と思っていたんですが、まだまだその価値は残っていきそうです。

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— posted by chikura @ 04:00AM | LinkMe | Comment (2) | TrackBack (0) |  top↑

カテゴリー 作曲January 18, 2010

KAOSSILATOR PROが登場!SDカード/レイヤー/MIDI IN-OUT/LINE IN/Vocoder ID:1263777567 このWebページのtweets このエントリーを含むはてなブックマーク




以前、「カオシレーター」という、指でなぞるだけでループ音楽が作れちゃうガジェットを紹介したことがありましたが、これのPRO版である「KAOSSILATOR PRO」が出るようです!

詳しくはこちらの紹介記事も。

DJ機材専門店PowerDJ’s Blog Plus+
http://shop.plaza.rakuten.co.jp/dj/diary/detail/201001160000/

KORG : カオシレーターがパワーアップ、ボコーダー機能/USB/MIDIも搭載 / BARKS ニュース
http://www.barks.jp/news/?id=1000057331

カオシレーターの「作ったループを保存できない」とか「レイヤーという概念が無いので、作った後いじりにくい」といった弱点を完璧に補い、なんとMIDI IN/OUTやMIC/LINE IN、さらにVocoderまで搭載してしまったという物凄いマシンに仕上がっています。もちろん、SDカードへのループや設定保存、そして4レイヤー(つまり、内部にカオシレーターが4つあるのと同じ)を実現しており、これ単体で1曲演奏することだって可能です。

これで5万円。シンセも安くなったもんだ・・・。

個人的に、カオシレーターは鍵盤もギターも弾けない自分にぴったりの楽器だと思っているのだけど、作ったループを保存できない為に「作りっぱなしで発展できない。かといってライブ演奏なんてしないし・・・」という、割と手に余るガジェットでした(それでも、頑張ってLINE OUT経由でループ保存してたんだけど、録音まではまだ良くてもループの切り出しがかなり面倒でそのうちやめてしまった・・・)。しかしこのPROなら、作ったデータをSDカードやUSB経由でPCに保存できて、簡単に戻せるので、利用シーンが一気に広がりそう。

ちなみに3月発売だそうです。予約いつから開始かなー。

あと、KAOSSILATOR PROの動画を集めてくれた記事がこちらにあります。
NAMM での KAOSSILATOR PRO(カオシレーター プロ)の動画を集めてみた - webdog
http://webdog.be/archives/10116_144029.php

— posted by chikura @ 10:19AM | LinkMe | Comment (0) | TrackBack (0) |  top↑

カテゴリー January 15, 2010

「好きを貫く」ってそういう意味じゃない ID:1263544558 このWebページのtweets このエントリーを含むはてなブックマーク


私の好きな「好きを貫く」系のお話だったので反応します。

結局は自分の好きなことを貫き通したやつが負け - ハックルベリーに会いに行く

「結局は自分の好きなことを貫き通したやつが勝つ」というのはよく言われることだ。そしてお笑い芸人を目指している生徒たちも、たいていはそういうもんだと信じていて、自分の好きなお笑いを貫こうとする。自分が面白いと思うネタを作ってくる。自分がやりたいお笑いをやる。

しかし、そういう生徒はことごとくウケないのだ。学校では月に一度、生徒たちによるライブを開催していて、そこでは見に来てくれたお客さんによる人気投票も行われているのだけれど、自分の好きなことを貫き通した生徒から順に、人気投票の下位から並んでいくのである。


上記の話、「顧客の方を良く見ろ」って話を、「好きを貫く」と結びつけちゃってるせいで変な話になっちゃってると思います。

より観客がウケた芸人が、「好きを貫いてなかった」かどうかって、どうやって判断しているのかな?

ひょっとして「ウケなかったということは、顧客の方を良く見ずに、自分のやりたい事を優先した結果だ」っていうように、逆から判断していません?

つまり、「顧客の方を見る」事と、「自分の好きな事をやる」事を、相反する事象だという前提で話している。

この二つって、別に相反しないと思うんですよ。

もちろん、お客さんの方を良く見るってのは大事なことで、ビジネスっていうのは相手が居てこそなので、そもそも相手を見ていないと成り立たない。

でも、相手をどれだけ良く見たとしても、「じゃあ何を与えよう」ってなった時に、それをどこからひねくり出すかというと、「自分」なんですよね。

「それも相手を良く観察して、相手から引き出すんだよ」っていう人もいるかもしれないのですが、よーく考えてみてください。「引き出すのは、やっぱり自分」なんです。

相手のどこを観察するか、観察した結果をどう捉えるか、そういう部分は全て、「自分」に委ねられます。

そして、そういう時の判断基準って、結局のところ「自分の好き嫌い」になるのですよね。人間の脳みそなんて、所詮好きか嫌いかの二者択一。

だからこそ、「自分が何を好きか」ということを常に意識している人は、強い。

そういうのが弱い人は、どこまでも「他人の評価」を基準に考えようとしてしまい、出来上がったものも「なんだかどこかで見たようなもの」になってしまいがちです。芸人だって、おそらく「二番煎じ」的なものになるでしょう。それでは、なんとなく少しは売れる事ができるかもしれませんが、個性がぶつかり合う芸能界では生き残りは難しいんじゃないでしょうか?

いや、別にネタ的には二番煎じでもきっといいんです。結構、笑いのコアなんてどれも似たり寄ったりなので。但し、それを「自分の好きなもの」にかぶせたり、アレンジしたりして、見せ方を工夫できる人が、飽きられずに人を楽しませる事ができるんじゃないかなー。

まぁ、最後の方は所詮お笑いの素人考えなのでどうでもいいですが。

そんなわけで、「顧客の方を見る」というのは、非常に大事なので忘れちゃいけない。「自分が好きなこと」だけをやっていても、誰に届けるか考えないと成功できない。でも、だからといって「自分が好きな事」を忘れちゃっていいわけじゃないと思うのです。

そもそも「好きを貫く」って、別に好き勝手やれって意味じゃないんですよ。

当然、それにはいろんな障害が付きまとうわけで。芸人が「好きな事だけやっててもウケない」なんてのも、障害の一つですよね。そこで、「なんとしても自分の好きなことをやりながらウケるようにする」為に、お客さんをよく観察するんです。必死で。その中に、自分の「好き」を活かす道がないかを探るんです。それが「好きを貫く」であって、何の工夫もなく単に好き勝手やってればいいって話じゃあ、全然ない。

例の芸人スクールの結果が出せない生徒さん達は、その辺の「工夫」が足りてないと言う事なのでしょう。

そういう人達に、「おまえら一旦、自分のやりたい事は忘れてみろ!」って言う話をするのは全然構わないと思います。お客さんを良く見るきっかけとして。でも、それを一般化して、「自分の好きなことを貫き通したやつが負け」まで言っちゃうと、それは違うなーと思うのでした。


えー、久々に「好きを貫く」の話なので、「好き」についてもうちょっと。

先ほども少し書きましたが、人間の「好き」という気持ちは、その人の判断能力を左右する非常に重要な感情だと思います。また、世界をどう捉えるか、世界の見え方そのものに影響します。

重要なのは「好き」という感情を追い求める事です。たった一つの何かを追い求めることではなくて、自分の心の中の「これ好きだ!」って気持ちを大切にするのが「好きを貫く」ということです。

人間誰しも、行動に制限があります。「行動を貫く」事が、往々にしてできません。しかし、「好きだと思う気持ち」を制限することは、誰にもできません。唯一それが可能なのは、自分自身です。

そして、その「好きだと思う気持ち」(「やりたい」とか「本当はできるはずだ!」と思う気持ち)を自ら封印してしまう人、またはそれに気づかないまま過ごしてしまう人は、結果的に様々なチャンスを見過ごし、行動の自由を奪われることになります。

今はお金や時間がなくて出来なかったり、他の様々な事情で「無理だ」という状況だったりしても、「でも、それが好きだ。本当はやりたいんだ」という気持ちだけは忘れず、ごまかさず(例:「ホントは別にやりたくないんだよ」)、貫いていければ、と思います。

— posted by chikura @ 05:35PM | LinkMe | Comment (0) | TrackBack (0) |  top↑

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